女の子「ちょっと…アンタ、それ本気で言ってるわけぇ?」
男性「本気でって言われても…」
女の子「本気…なのね…」
男性「ずっと正直にしゃべるつもりだけど…何を怒ってるの?」
女の子「怒ってなんかないわよ!」
そう言うと女の子はズカズカ歩き出しと病室を後にした。
<傷ついた片翼と折れた風切羽>
目を覚ますと規則正しい線の着いた真っ白い天井に真っ白い蛍光灯の灯りが飛び込んできた。
消毒液のツンとした匂いが鼻腔をくすぐる。
少し痛む頭を押さえながらゆっくり上半身を起こすと大きなベッドの上に居る事に気が付いた。
どれ位の間、自分は寝ていたのだろう?
他の患者が居ない事から個室の病棟に居るのだと気付くのにあまり時間は掛からなかった。
窓から見える空は青く澄んでいた。
気だるさを感じながら自分が今何故ここに居るのか思い出してみる。
千早「!?」
サッと血の気が引いていくのが解った。
自分がつまづいた事でプロデューサーの上にアンプが落下してきた事、プロデューサーの血、気を失う直前に見せた笑顔…
考えると居ても立っても居られなくなってプロデューサーの安否を確認しようと身を乗り出したが思うように足が動かなかった。
女の子「まったく、なんで私がこんなことしなくちゃいけないのよ〜」
ドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
女の子「水の入った花瓶なんて持ってたらドアが開けられないじゃな〜い」
ぶつくさ文句を言いながらドアを開けているのだろう、徐々に開いていく。
女の子「んしょ、ったく…あ!?」
ドアを空けきった途端、千早と目が合うと危うく花瓶を落としそうになる。
女の子「おわっとっと。気が付いたのね!」
さっさと花瓶をそこらに置いて駆け寄ってきた女の子は腕にウサギの人形を抱えていた。
女の子「私よ!伊織!解るわよね?」
その様子を見て千早は小さく微笑んだ。
伊織「良かったぁ、目が覚めたみたいねっ。千早4日間も寝てたのよ!あ、ちょっと待ってなさいよ。電話してくるから」
そう言い残すと伊織は慌しく病室を飛び出した。
そうか4日間も寝ていたのかと考えつつも伊織の持ってきた花瓶を見ると花は活き活きと咲き誇っていた。
4日間誰かが来て水を変えてくれていたに違いない。
そう思うと胸の奥が少し暖かくなってきた。
数分後
伊織「むっか〜っ。教えてあげてるのに人の事を「でこちゃん、でこちゃん」て!なんなのよっ!」
またたらたらと文句を言いながら伊織が入って来た。
隣に備え付けられていた椅子に座る。
伊織「顔を見る限りは大丈夫そうね。何か欲しいものとかあれば取り寄せるわよ」
フフンと自慢げに語る伊織を見て千早は微笑んだ。
千早「…(有難う、水瀬さん)」
久しぶりに喋るせいか少し違和感が感じられた。
伊織「どうしたの?遠慮なんかしなくていいのよ」
何も言わない千早を伊織は不思議そうに見つめていた。
千早「?…(プロデューサーの容態は?)」
違和感を感じつつも千早は続けた。
伊織「ちょ、冗談でしょ?」
千早を見て伊織は驚きを隠せない様子だった。
伊織「私の名前、わかるわよね?フルネームで呼んでみなさいよ!」
千早に掴みかかる伊織に千早は驚きながらも答えた。
千早「…(みなせ いお)」
そう言いかけて千早は違和感の原因に気付いた。
気付くと同時にその恐怖に耐え切れなくなり千早は自分の肩を抱え込んでガチガチと歯を鳴らしていた。
伊織「声が…出、ない…の?」
そう呟くと伊織は再び病室を飛び出した。
声が出ない…
話す事が出来ない…
もう歌う事が出来ない…
そう考えるだけで千早の心は絶望で埋め尽くされていった。
伊織「説明しなさいよっ!向こうは向こうでこっちはこっちでどうなってるのよ!」
ドアの向こうから伊織の怒鳴り声が聞こえてきた。
女性「院内では静かにお願いしますよ、お嬢さん」
白衣を着た女性が病室に入って来た。
伊織「く〜〜〜っ」
続いて伊織も入ってくる。
白衣の女性「如月さん、聞こえますか?」
カタカタと震えている千早に白衣の女性は声を掛ける。
目を向けた事から白衣の女性は聞こえてると判断した。
白衣の女性「大丈夫です、心配要りませんよ?落ち着いて、私はこれでも医者ですから」
優しく千早の肩を抱いて安心させてやる。
少し震えが収まった所で再び検診を始める。
女医「ふーむ…声以外に異常は無さそうね」
様子を伺っていた伊織が口を開く。
伊織「どうなの?」
女医「あなたは如月さんのなんなの?」
伊織「何って…仲間よ」
女医「ご家族ではないわけね…ふぅとりあえずご両親に目が覚めたご連絡を…ってまだしてないの?」
カルテを見た女医は看護婦に問いただした。
看護婦「申し訳ありません。それが、なにやら事情があるようでして付き添いの方から止められまして…」
看護婦の言葉に女医は溜息を吐いた。
女医「まったく、今色々ややこしい時期なんだからちゃんと手順は踏まないとね」
女医「手術したわけじゃないけど4日も経ってる訳だし連絡位は…」
女医がそう言うと千早は女医の袖を掴んで首をフルフルと横に振った。
女医「…あぁもう。訳があるのね…ならとりあえず付き添った方に連絡しますが、それはいいわね?」
千早はその言葉にコクンと頷いた。
伊織「それは…私がやるわよ」
その伊織の様子を見た女医はまた溜息を吐いた。
女医「はぁ…ややこしいわねぇ、もう。じゃあ、水瀬さん。連絡はお願いしますね」
伊織「んなっ!?何で名前知ってるのよ!」
女医「こんなでもテレビはたまに見るから、ついでにさっき面会の名簿も覗いて来たし」
そう言い残すと女医は病室を後にした。
伊織「案外、抜け目無いわね…ふぅ、とりあえずアレのプロデューサーに連絡してくるわね。じっとしてなさいよ」
伊織が病室を出て行くとふと千早の頭を伊織の言葉がよぎった。
伊織「向こうは向こうでこっちはこっちでどうなってるのよ!」
こっちは自分の事として向こうと言うのは普通に考えればプロデューサーの事だろう。
と言う事はプロデューサーの身にも何か起きているのではないか?
そう思うとやはり居ても立っても居られなくなり千早は声が出ない恐怖をグッと堪えてゆっくり歩き出した。
4日間も寝ていたせいかすっかり足はなまっていて思うように動かないながらもゆっくりと進み始めた。
手すりを伝いながら左隣の病室まで歩いていく。
病室にプロデューサーの名前は無かった。
仕方なく反対側の右隣の病室まで歩いていく。
手すりの無くなる自分の病室の所で少し手間取ってしまったがどうにか反対側の手すり掴まる事が出来た。
病室の手前で患者の名前を見るとプロデューサーの名前が書き込んであった。
千早「…(プロデューサー)」
その時
伊織「近くまで来てるならいいなさいよね!」
美希P「電源切ってたのはどっちなんだよ」
美希「でこちゃん、ありがとうね」
伊織「でこちゃんじゃな〜い、伊織よ、い・お・り!」
聞き慣れた声が聞こえてきた。
美希P「あれ?千早じゃないか?」
美希「ほんとだ、もう立てるんだね♪」
二人の言葉に伊織は凍りついた。
千早が開けようとしてるのは千早のプロデューサーの病室であり千早の病室ではないのは明らかだった。
伊織「だめ〜〜〜〜〜っ!」
伊織が声を上げながら駆け出した。
院内で素っ頓狂な声を出して駆け出そうとする伊織を美希のプロデューサーが止めた。
美希P「なんて声出すんだ」
掴まれた腕を振り払おうと伊織はじたばたともがいた。
伊織「離しなさい!離してっ!ダメなのっ!止めないと…今、合わせちゃ!」
プロデューサーの手を振り払うと伊織は抱えていたウサギの人形を放り投げて一目散に千早に駆け寄った。
美希P「あ、ちょっと」
ウサギの人形を拾い上げて二人に駆け寄る。
伊織「千早、やめて!お願いだからっ!だめなの!」
千早を止めようとする伊織は泣きながら訴えていた。
しかし千早は目の前にプロデューサーが居る事を確信した為か容態を確認しようとドアを開けるのをやめなかった。
ドアが徐々に開く。
伊織が駆けて来るのも知らずに持てる力を出し切って千早は震える足で自分を支えながらドアを開けた。
伊織が千早に追いついたのは千早の体が半分病室に入っていた頃だった。
伊織にぶつかられてバランスを崩した千早は伊織と一緒に雪崩れ込むように伊織と一緒にプロデューサーの病室に入って行った。
伊織「千早!話しちゃだめ!お願いだから!」
千早が見上げると病室にはプロデューサーが上半身を上げてベッドに座っていた。
頭に巻かれた包帯が痛々しく見える。
そんな千早と伊織を見てプロデューサーはいつもの様に小さく微笑んだ。
その笑顔を見て千早は少し安心した。
プロデューサーはちゃんと生きている。
こうしていつもの様に笑ってくれている。
プロデューサーが話しかける。
千早P「君はさっきの…どうしたの?」
伊織「うるさいうるさいうるさいうるさ〜いっ!」
千早P「相変わらずだね、それと」
美希と美希のプロデューサーが病室に入ってくる。
美希P「どうしたんだ、一体?」
伊織「ダメ!」
伊織が言うと同時に千早のプロデューサーは千早を見つめて口を開いた。
千早P「君は彼女のお友達?」